Posted on October 4, 2026
細かい前置きはせずに話をすると、俺はユーフォっていうシリーズが好きだったから、3年生編で急に出てきた黒江さんの存在をやっぱり受け入れなかったんですよね。それはゲームにおいて単純にレベルをあげることでしか行われない難易度調整のようなものだと感じていた。問題が発生したときのシチュエーションを複雑にして話の起伏を作っているようにしか思えなかった。「リアリティ」を売りにしてるならなおさらその手法って自己矛盾がすごいじゃんと思っていた。(そもそも何がリアルかって個人の感性の問題だから、リアリティって個々人の持ってる現実感を冗長させるだけなんじゃないかとすら思うけどね。)
だからアニメシリーズがその存在から久美子が麗奈によって作り変えられたことを導き出したのは素晴らしかったし、嬉しかった。高校生の部活のソロメンバーなんて、言ってしまえば小さな問題だけど、彼女にとっては極限の問題なんですよね。その極限の問題を前にしてどのように自分を作り変えた人間に誠実に振る舞うかということを問うには、黒江真由という存在が必要だった。こうして初めて、彼女が物語に現れることの意味がやっとできたと思う。そしてそれが、アニメ「響け!ユーフォニアム」という物語を完結させる力になったと思う。これは黒江真由というキャラクターが不条理として存在していようと、ウェットなものとして存在していようと同じような問いを作ることができるというのもすごい点だと思う。
こういう解釈をできるようになったのは、色々なことが影響してるなと思う。「シーシュポスの神話」を読んで不条理への向き合い方が変わったのとかもそうだし、「急に具合が悪くなる」を見て魂というか、自分の根幹とはなにかみたいなことを考えるようになったのもある。劇場版を前篇後編で分割したことによって、久美子個人の問いに落とせたのは大きいだろうなと思うし。
鼻持ちならない傲慢なガキだった自分が、このことをちゃんと言葉にできるようになるぐらい、十年という月日は長くて、そして険しかったけど、意味があるなと思えた。ありがとう。響け!ユーフォニアム、完結おめでとう。
#響け!ユーフォニアム #高坂麗奈 ray - 藤谷光の小説 - pixiv
そういう気持ちで書き始めた小説が、自分が思っていたよりもずっと寂しいものになっていてびっくりした。書いてから読み直して感じが変わる小説というのは当然いっぱいあるけど、こういうフィールが変わったことってなかったからかなりびっくりしている。またしばらくしてから読み直して、それでもこの寂しさに耐えられなかったらもう少し久美子と麗奈の話を書いてみようと思う。
Summer Eye が言う通りで、どうやらまだまだ学ぶべきことっていっぱいあるっぽいなと思う。久美子が大丈夫だと言っているのを見て、自分が大丈夫だということに気づいたし、rayがどういう歌なのかもわかったけれど、それは自分の限界を全然意味していないのは、当たり前なんだけど良かったし呆然とすることでもある。あまりにも意味わからなくて天ぷらを始めて作ったら全然上手くできなくてやっぱまだ学ぶべきことはあるなと思った。