Posted on December 31, 2025
以下はFGO2部終章に関するネタバレを含みます。
FGOとはなんだかんだ長い付き合いになるので短いけど一つぐらい記事を書いておこう。
結局サービス開始の3年目ぐらいからはやってたはずなので、7年ぐらいやってた。一度アカウントをロストして、それでももう一度再開したのは結構よくわからない。謎の情熱があった。他にもいくつかソシャゲはやっていたけど、最終残ったのはFGOだったのは少し不思議な気はする。
Fateシリーズをやったことがないし、多分これからもそこまでやることはないと思うので、実際のところ世界観とかに惹かれていたわけではないと思う。どちらかというと仕事とか生活とかに関係ないところで最適化をできる楽しさとかが進める気力になっていたところはありそう。意味のないことの代表としてFGOがずっとあったような気がする。
ストーリーに対してはどう思っていたのかは難しいのだけど、一つ踏み込んだ、ある種の品の無さに対して、その意味があるようには感じていた気がする。歴史を題材にする、その横暴さに付き合う価値がある話が一部にあったのでずっとやっていたというべきか。説明が難しいが。
個人的にはもう少しラスボスには威厳があってほしかったとは思うが、それだとかなり個人的な物語になってしまうからそういうわけにはいかなかったのかなとも思ったりはした。そういうままならないところも含めて終わっていくのだなという実感があった。
あと坂本真綾からもう一曲曲を提供してほしいと思っていたので、それがかなったのもよかった。時計、嬉しい曲だった。
終章をクリアしてから、ずっと SuiseiNoboAz の 「elephant you」のことを考えていた。あれは新宿に象のいる歌なのだけど、つまり架空の象についての悲しさとその手向けの感情を歌っているものだと思っている。
あの曲の歌詞がすごく個人的なものであるのに新宿の歌と言い切る事ができるのは、新宿の象という、石原正晴が信じた存在についての歌だったからだと思う。その象の悲しみや人生は自分の手の中にはないけれど、その象を見た自分の悲しみや人生は存在している。終章が終わったときもそう感じていて、自分の手の中に彼らの悲しみはもちろんないのだが、彼らを見た悲しみや喜びはあると思えたことが嬉しいのかもしれない。
そうだ道の途中だった 何もかも途中だった