Posted on January 17, 2025
小林秀雄は「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」という名言をト短調弦楽五重奏曲(K.516) について残したが、事情は逆である。悲しみは涙に追いつけないのである。
金閣を焼かなければならぬ / 内海健
機動戦士Gundam GQuuuuuuXを見に行った。いい作品だったと思うんだけど、主題歌が流れたときに正直笑ってしまった。そこで「これはフリクリじゃないな」と思ったのだけど、たまにはもう少しその理由を深堀りして書いてみるのもいいだろうと思って筆を取っている。
以下はGundam GQuuuuuuXのネタバレを含みます。
前置きをおいて本題に入ると、米津玄師の Plazma が劇中で流れるシーンがある。「もしもあの改札の前で」……と始まる歌詞が流れ始め、主人公の運命が別れるシーンが始まる。歌詞は彼女の境遇と前のシーンとリンクしており、更に言うとこの作品の根底の部分ともリンクする歌詞が流れる、といった具合になっている。ジュブナイルモノの挿入歌としてもよくできていて、文句のつけようがないのだが。
一方で立ち返ってフリクリの一話を見てみると、一話の一番最初、開始数十秒の時点でthe pillows の 「ONE LIFE」が鳴っている。歌詞は二人のキャラクターと完全にはリンクしていない。これは当たり前で、ONE LIFEはフリクリのために作られた歌ではないからだ。全体的にどこかパッチワークのように既存の曲が当てはめられていて、その独自の感覚がフリクリの特徴だとも言える。
フリクリの肝はそのズレにある。ナオ太の独白も、マミ美の行動も、ONE LIFEの歌詞もすべてが微妙にズレていて、あの場面のナオ太の悲しさや苛立ちの核心に至ることはない。その悲しさ/切なさが、ONE LIFEの歌詞にマッチしている。なので一度二人の置かれている境遇を理解してからもう一度見ると、その歌詞は物語の説明を何もしていないのに、その歌詞に物語の視点から共感することができるようになっている。しかしその音楽は物語を表していない。ここが、音楽と物語を独立させている面白いところだ。
思春期の苛立ちや、言葉にならない感覚を表す手段はありとあらゆる形で存在しているが、フリクリでは既存の音楽と映像作品を組み合わせることで成功している。それでは(フリクリ側が曲の歌詞に完全にマッチさせようとしなければ)完全なリンクは起こらない。この方式は音楽を作品に合わせて作る方式と違って、どこか背徳的な手法でもある。フリクリの持つアンダーグラウンドな雰囲気と、ピロウズの曲の持つ少し気怠い、退廃的な雰囲気と、合わさり切ることのない曲を選ぶという背徳的な手法自体がマッチしているとも言える。
フリクリが神格化されたのも、このズレを表す作品だからだと思っている。マミ美に河原で抱きしめられていたナオ太が一体何を思っていたのか、その正解は語られていない。現れてくるのはどこまでもその語られない隙間と、最後の爽快感あふれるシーン(といってもここも完全にスッキリするような感じではないが)なので、お互いに共通言語を持って語ろうとすることができない。しかし面白い、という認識だけがマッチしているのは、神格化される作品に必要な要素だろう。
しかしジュブナイルそのものの話を書いてしまうと、その話の続きは存在しない。話の核にあるのが思春期なのだから、もう一度やろうとしても同じようなテーマになるしかない。弦巻監督がフリクリの続きを描かなかったのも、フリクリの続きを描こうとしたフリクリオルタナ・フリクリプログレが失敗したのも、さらに言えばフリクリを目指した作品がどこまでもフリクリにならないのも、ジュブナイルそのものを話のテーマにするのが難しく、固まった言葉になってしまった以上、フリクリの持つ隙間を目指すことができないからだろう。
Plazma は主題歌としてよくできているが、物語と完全にリンクしている。すごく意地悪な言い方をすれば、その言葉は説明になってしまって、 GQuuuuuuX が物語であることを示してしまった。
言葉は事象の最後に立ち現れ、結論を説明するが、最後にやってくる以上、それが真実であることはない。だから、上手に言葉にされてしまった物語は、その時点で物語であることが決定してしまう。
フリクリはどこまでも物語に完全に寄り添うことはない the pillows というバンドの言葉を背景に選び、どこまでも真実を語らないナオ太を主人公に置くことで、その隙間に物語になりきらない感情を生かす手法を見つけたのだろう。
米津玄師論に入ると流石に語れることがないので、この辺で終わりにしておくけど、Plazmaが流れた瞬間にフリクリではないことに気づいてしまった、自分になんかがっくりしてしまった。別にそこまでフリクリが好きだったわけではないんだよな。一度見たときは面白いよね、ぐらいだったのに、オルタナ/プログレがつまらなすぎてキレてフリクリを見直してたらなんか頭から離れなくなってこんなめんどくさいことを喋る人になってしまった。早く俺をここから出してくれ。
一応言っておくと、ジークアクスは普通に面白かったです。ジュブナイルものとガンダムものをうまく混ぜているというか、設定の妙もよかった。ジュブナイルとしてのレイヤーと戦争ものとしてのガンダムがうまくまとまるラインに設定がされているのがよかった。そりゃフリクリじゃないけど、ガンダムでフリクリやる必要はないので。
あと予防線を貼るべき場所がいくらでもあるのでもう貼らないことにするけど、もし挿入歌がフリクリのために作られてるみたいな話があったらこのエントリを消すので教えて下さい。多分あるとしても I think I can と Ride on shooting star ぐらいのイメージ。