Escape from tetora pod

Time goes slowly ulala,ulala...

『Sprout』の話

Posted on October 31, 2019

普段はあまり書いたことに言及しないのだけれど、ちょっと長かったのと、一つの区切りをつけたかったので、こうしてブログを書いています。

Sproutを頒布してから、気がつけば一ヶ月以上の時が経っています。想像していたよりもより多くの人に手にとっていただき、ありがたい限りです。楽しんでいただけたら嬉しいなぁと、今は素直にそう思っています。今年のはじめからずっと考えていたことが終わって、サンフェス直後は抜け殻のようになっていたけれど、日々の忙しさに身を委ねている間に少しずつそういう感覚も消えてきて、その代わりに少しずつ書いていた間に考えていたことを忘れていることに気がつきますね。このままでは三年後読み返すときにすべてのことを忘れていそうで、それはそれで楽しみではあるんですが。ギターを買ったことまで忘れていたら、かなり他人事として楽しめそうですね。

何人かには言っているんですが、この小説に入っている一番最初の作品「こんな風に縁取っては」のタイトルは、最初から決まっていたわけではなく、そもそも実はかなりひどい理由で書き始めたものでした1。ある種のカウンター的な気持ちで筆をとったはいいものの、最初の1万字ぐらいを書いてから放置しており、放置している間はアンソロジー等の原稿をしていたのですが、その間もどこかで傘木希美さんとギターのことをどこかで気にかけてはいました。どこにでも行けるであろう彼女のことをずっと考えている間に、僕がずっと聞いていたのがStamenだったわけです。

好みの声、好みの言葉選び、好みの音楽という感じで僕の生活の多くの場面で流していた音楽は、本当に優しいものでした。「こんな風に縁取っては」って言葉、僕はすごく優しい言葉だと思うんですよね。当然優しいだけじゃないし、誰かに手を差し伸べるということでもないけれど。この距離感でこの音楽で彼女たちを書いてあげれば、それはとても優しいものになるのではないかと思って、ゆっくり時間をかけて完成したのが「こんな風に縁取っては」です。

この小説が完成したとき、この「HAUGA」というアルバムを通して彼女たちを描いて行きたいなと思って、本を出すことに決めたわけです。このアルバムがなかったらこの本は存在しなかったでしょう。いいアルバムに出会えたことを、ずっと感謝しています。

いいでしょ。

改めて、素敵な表紙を描いてくれた染谷様、読んでくださった方々に感謝をしたいと思います。本当にありがとうございました。

この文章は、新しく出たArtTheaterGuildのアルバムNO MARBLEを聞きながら書いています2。これもすごくいいアルバムです。今は「鉄紺と黄緑」「HAND HILL’S」が好き。ずっと「もしHAUGAへの思い入れが強すぎて好きになれなかったらどうしよう」とか心配していましたが、一回聞き終わる頃にはいいなぁという気持ちでいっぱいになっていました。こうして少しずつ特別が変わっていくのでしょうね。それでも本にしたことは思い出せるわけで、改めてこの本を作ってよかったなぁと思うのです。


!!!ここから先はネタバレがあります。!!!

せっかくなので、いくつか自作本編について触れておきます。

  • 傘木希美が買ったギターの種類の理由としては、フジファブリックの桜の季節のMVを見て志村正彦さんが使っていたギターの種類を探していたから、という理由があります。
    • 傘木希美が聞きそうなロックバンドといえばフジファブリックじゃないですか?
  • 「パンドラボックス・シルバーレッド」は「こんな風に縁取っては」中の出来事になっています。そのため、吉川優子が中川夏紀の赤い髪を許すのは「パンドラボックス・シルバーレッド」のあと。
    • 参考3Image from Gyazo
  • 鎧塚みぞれがコンサートのために京都を訪れたのは傘木希美がバンドを抜け、東京に移ったあとです。
  • これはミスですが本に初出を載せるのを忘れていました。本当に申し訳ないです。
  • Sproutというタイトルは、もとになったアルバム「HAUGA」から。萌芽は英語でSprout。本当はもう少し長いタイトルにするかずっと迷っていたのだけど、今はこのタイトルにしてよかったと思っています。4

本編について大切なことを2つほど。1つ目。傘木希美を音楽ライターにしたのは明確な理由があります。「真昼のイルミネーション」の最後のシーンです。中川夏紀に「夏紀はそういう大人にならない」と彼女が言う場面で、傘木希美のあの言葉に誠実さが十分にあるか、というと肯定するのは難しいのは、皆さん読んでいればわかると思います。けれど、多分あの場で中川夏紀はそれに救われている、というのもおそらく事実でしょう。言葉がある種の決定を、断絶をもたらすことで、人を傷つけることもあれば、救うことも当然あるわけで。傘木希美という人間には5愚かさがあり、その愚かさが言葉を選ぶ瞬間が、きっといくつになってもどれだけ後悔を繰り返してもあって。それでも、その言葉で誰かを救っていたのなら……それはとても素敵なことだと思ったので、自分で言葉を選んで書く、そういう仕事をしてみてほしいと思ったのです。彼女に言葉を選ぶことから逃れてほしくなかった。

2つ目。5編目で彼女が鎧塚みぞれにする約束は、おそらく叶うことはないか、遠い遠い未来のことだと思います。理由はエピローグを読めば分かる通り、ジャンルが違うからです。約束が叶うかどうかなんて、約束そのものに比べれば全然些細なことなんですよ。永遠の木曜日が来なくたっていいように。


  1. オンラインでは絶対口にしませんが。 ↩︎

  2. ライブハウスで特別先行販売をしていたので買いました。本発売はもう少し先です。 ↩︎

  3. 話が長くなるとこういうスプレッドシートでまとめておかないと自分で混乱するんですよ。 ↩︎

  4. まあどのタイトルにしても思っていそうではあるが…… ↩︎

  5. 他の人と同様に ↩︎